野生ヒグマは1日の活動時間の大半を探餌行動や採食行動に費やすことが知られていますが、飼育下では、飼育員が限られた空間で給餌をすることで簡単に餌を獲得することが出来てしまい、1日の活動時間のうち採食にかける労力が小さくなってしまう現状があります。採食時間や探餌時間の短時間化により、進化の過程で得た能力を発揮できなくなったり、行動発現の欲求を満たすことができなかったりすることで、飼育下特有のストレスを与えてしまうことも危惧されています。
そこで、採食時間に着目し、飼料をどのように提供することで、具体的にどのような効果がどれほど得られるのか確かめました。
今回は、浮き球を使った具体的な効果です。浮き球は古くからエンリッチメントとして広く利用されており、のぼりべつクマ牧場でも大変効果的である印象でした。ただ、のぼりべつクマ牧場のクマたちで実際にどれほどの効果があるのか数値的な部分は確かめていませんでした。そこで、クマ用配合飼料のみで与えた場合と、それらを浮き球に入れて与えた場合で、採食時間がどのように変わるのか、効果を確かめました。
結果としては、浮き球の効果は想像以上でした。クマ用飼料を床に置いたのみで給餌した状況よりも、同じ飼料を浮き球のなかに与えると、採食時間は、なんと平均「12倍」にも延びました。たった浮き球に入れるという作業だけで「12倍」。これは恐れ入りました。
特に、好奇心旺盛なオスの「レン」では「36倍」にも及ぶような結果になりました。
そして、浮き球だけでなく、消防ホースのエンリッチメント器具(サークルファイヤー)に入れた場合、鮭とばを与えた場合などでも比較をしてみました。ヒグマといえば鮭!のイメージが強いですが、鮭とばの採食時間がとても長いことが確認されました。さらに興味深いことに、それと同等の採食時間がサークルファイヤーでも得られています。
そして、持続可能性の観点でエンリッチメントを検証していくために、コストパフォーマンス(効果/コスト)についても検証しています。
今回は効果を採食時間として、コストパフォーマンス(採食時間/コスト)を比較すると、クマ用配合飼料のみでは「0.017」(1.67分/100円)に対して、浮き球(3000円)利用では「0.0062」(19.3分/3100円)、鮭とばは「0.013」(40分/3,000円)、サークルファイヤー(消防ホース内餌)は「0.4」(40分/100円)となっています。
一見、浮き球のコストパフォーマンスが著しく低い結果となりましたが、浮き球のコストについては購入費用(3000円)がほとんどを占めていることが大きく影響しています。浮き球は破壊されることなく繰り返し利用できるため、浮き球のコストが回数毎に分割されていくと考えると、2回目についてはコストパフォーマンスが「0.012」(19.3分/1600円)と、クマ用配合飼料のみの「0.017」と一気に近くなります。毎日実施したと仮定すると、30回目には、浮き球利用のコストパフォーマンスは「0.097」(19.3分/200円)となり、約6倍のコストパフォーマンスをもつことになります。今までの経験上、浮き球は短くても1年以上は破壊されず、長いものでは3年経過しても破壊しないで繰り返し利用できています。
これらのことを考慮すると、浮き球利用のコストパフォーマンスはとても大きいと考えることができます。
最も注目すべきは、サークルファイヤーにおいても鮭とばのおよそ「30倍」のコストパフォーマンスが得られています。廃棄用の消防ホースの確保ができれば、安価で準備も容易であるサークルファイヤーのコストパフォーマンスの高さは圧倒的に優れたものであることが確認されました。これは使わない手はないですね!
引き続き、動物への効果だけでなく、末永くエンリッチメントを続けていくために、持続可能性の観点からも検証を続けていきたいと思います。