クマ科動物の人工授精成功例について、学術的な報告は「ジャイアントパンダ」のみに限られており、ヒグマにおいては繁殖生理について未解明な部分が多く、人工授精技術の確立は困難なものでした。
のぼりべつクマ牧場では、約20年に亘って、北海道大学、帯広畜産大学などの研究者と共同で、ヒグマの繁殖生理の解明に向けて研究に取り組んでおり、その中で、繁殖管理技術の向上を目的として、人工授精技術の確立に向けた研究も行っています。
近年、北海道大学の研究者(鳥居、栁川助教、片桐教授ら)との共同研究による繁殖期に焦点を当てた徹底した高頻度の調査により研究は加速し、2019年8月にはアメリカの科学誌「Theriogenology」に、「Monitoring follicular dynamics using ultrasonography in captive brown bears (Ursus arctos) during the breeding season」というタイトルの、
のぼりべつクマ牧場と北海道大学の共同研究結果の論文が掲載されました。
そして、今年(2020年)2頭のメスヒグマ「アナ(6才)」「マロン(7才)」へ人工授精を試み、成功の必要条件となる①精液採取、②排卵誘起、③精液注入について、すべて達成したことが2020年7月28日に行った麻酔下の検査で最終確認されました。
※黄体は排卵の後に形成される卵巣内の構造物。その他、エコーでは、排卵前の卵胞、ホルモン剤処置による排卵なども随時確認できている。
精液採取、排卵誘起、精液注入のうち、どれかが、成功していた例は過去にもありましたが、計画通りにすべて2頭ともに達成した例は今年が初めてとなります。
これにより、今回は妊娠の可能性があると言える状況ではありますが、ヒグマは着床遅延(受精後すぐに着床せず、胚は子宮内で維持され、数か月後に着床する)をするため、現段階で、妊娠・非妊娠の診断は不可能です。結果は、出産予定となる2月頃に判明する予定です。
自由研究ポイント「ヒグマの繁殖」コーナー
「ヒグマの繁殖」は奥が深い!どんどん知りたくなるガチ研究ポイントをご紹介。
これで君もあなたもヒグマ研究者!
Q:ヒグマの繁殖時期はいつ?
A:恋人を探す交尾期は5月~7月、出産は1月~2月です。交尾期となる5~7月にオスとメスが出合い交尾をします。交尾期のメスヒグマの体の中では、妊娠するため卵巣内で卵胞が発育し、排卵します。交尾期の前半と後半で、卵巣の動態が異なることが最新の共同研究で分かっています。
・科学誌「Theriogenology」2019年掲載論文
「Monitoring follicular dynamics using ultrasonography in captive brown bears (Ursus arctos) during the breeding season」(鳥居ら、のぼりべつクマ牧場共同研究)
Q:単独生活といわれるヒグマが、どのようにしてオスとメスが出会うの?
A:ヒグマにもフェロモンを受け取る「鋤鼻器(ジョビキ)」が口や鼻にあり、ヒグマ特有に発達した構造を持つことが最新の共同研究で分かりました。この鋤鼻器や嗅覚を活用して、巡り合っている可能性が高いと考えられています。
・科学誌「Journal of Anatomy」2017年掲載論文
「Morphological and histological features of the vomeronasal organ in the brown bear」(冨安ら、のぼりべつクマ牧場共同研究)
Q:ヒグマは交尾期特有の行動はあるの?
A:交尾期のオスヒグマに増加する行動があります。それは樹木や柱に背中をこすりつける「背こすり(セコスリ)」です。背こすりをしている背中の皮膚の分泌腺は、交尾期に変化をすることが共同研究で分かりました。背こすりでクマ同士はコミュニケーションをとっているという報告もあります。
・科学誌「The Journal of Veterinary Medicine Science」2018年掲載論文
「Testosterone-related and seasonal changes in sebaceous glands in the back skin of adult male brown bears (Ursus arctos)」(冨安ら、のぼりべつクマ牧場共同研究)