エゾヒグマ「イナホ」が亡くなりました。

のぼりべつクマ牧場のエゾヒグマ「イナホ」(メス)が2024年3月5日に死亡しました。31歳でした。

イナホは1993年4月12日に、積丹の稲穂峠にて駆除された母グマが連れていた0歳の子グマ(オス1頭、メス1頭)で、ハンターにより保護された後、同年4月16日にのぼりべつクマ牧場で受け入れました。
捕獲場所である「稲穂峠(いなほとうげ)」から「イナホ」と名付けられました。第二牧場(展示場)では、年齢が近くて体の大きなクンチャンの横に並んで、座ったままじっとお客様を見つめる方法などでおやつのアピールをしていました。2022年のNKB総選挙(第二牧場展示個体の人気投票イベント)では見事1位に輝くほど、たくさんの方に支持される人気の高いクマでした。

2019年7月に左眼の視力を失い、2022年11月には右眼眼球炎により両眼共に失明状態にあると診断されたため第二牧場を引退し、バックヤードで隠居生活を送っていました。
2022年末頃から活動性の低下や嘔吐症状が散発的に確認されるようになったため、専門機関に依頼して超音波検査を実施しました。検査の結果、胃の幽門部(出口)付近が肥厚し、通り道が狭くなっているため、一度に多量の摂餌をすると、胃に負担がかかりやすくなっている状況にあると診断されました。その後は、投薬管理を行いながら給餌内容や方法を工夫して、経過観察を行っていました。また、2023年末頃からは、自力での起立が困難になる様子も見られ始めましたが、食欲は旺盛で、起立時にサポートをするなど行っていました。
2024年2月25日から、補助を行っても自力で四肢起立を維持することが難しくなり、食欲が著しく低下し、意識が低下する時間の増加が認められ、自力での飲水や体勢変更も難しい状況となりました。
3月5日に倫理委員会を開き、イナホの今後について議論を重ねた結果、治療による改善や回復も見込めない状況をふまえて、誠に苦渋の決断ではありましたが、痛みが伴うようになる前に安楽死処置を施すことになりました。

病理解剖による肉眼的所見としては、生前診断で疑われた胃の幽門部の肥厚が確認されたことの他に、多くの高齢個体で認められる変形性脊椎症も発症していました。また、肩関節の摩耗がひどく肩関節症がみられており、このまま起立困難な状況が続いていれば更に悪化し、痛みが伴っていたと考えられます。

イナホは今後のクマたちの飼育管理向上のためにも大変貴重で重要な知見を与えてくれました。今後も大学等にも協力をいただきながら、病態の特定を進めていく所存です。イナホで学んだことを活かし、今後クマ達に起きる様々な異常の早期発見に努めてまいります。
身をもって多くのことを教えてくれたイナホには本当に心から感謝しております。今後もクマの疾患を予防、治療するための知見を蓄積していくとともに、今までのイナホとの思い出を懐かしみ、現在のクマたちの福祉向上に全力を尽くしてまいります。